五稜郭での最終決戦および暴走列車内での激闘において、多くのファンが「月島軍曹は死亡するのではないか」と固唾を呑んで見守りました。激しい銃撃戦と浸水する車内の中で、月島は重傷を負いながらも、最後まで鯉登を守り抜く姿勢を見せます。
結論として、月島基は死亡せず、無事に五稜郭の戦いを生き延びました。
戦後、第七師団の生き残りとして指揮を執ることになった鯉登音之進は、師団長へと出世していきます。月島はその鯉登の「右腕」として生涯にわたり軍に残り続け、最後は昭和の時代まで生き抜きました。鶴見という巨大なカリスマの影に縛られていた月島は、次世代を担う鯉登という新たな光を支えることで、自らの人生の意味を再構築したのです。