牽牛子塚古墳の真相|白亜の八角墳復元と斉明天皇合葬の謎

牽牛子塚古墳の真相|白亜の八角墳復元と斉明天皇合葬の謎

牽牛子塚古墳の真相|白亜の八角墳復元と斉明天皇合葬の謎に関する専門家の意見を詳しく解説いたします。

牽牛子塚古墳の読み方は「けんごしづかこふん」。地元では長年「アサガオ塚古墳」の名で親しまれてきました。このアサガオ塚古墳という名前の由来には2つの説が存在します。ひとつは、巨大な凝灰岩をくり抜いた横口式石槨の断面形状がアサガオの花びらを連想させる構造だったこと。もうひとつは、漢方薬で「牽牛子(けんごし)」と呼ばれるアサガオの種子が周辺に自生していた伝承にちなむというものです。

この静かな丘陵地が一躍、全国的な発掘調査ニュースの主役に躍り出た契機は、明日香村教育委員会による精緻な学術調査でした。土に覆われて円墳と見なされていた墳丘を掘り進めると、各段に階段状の切り込みを入れた「3段築成の八角形墳」が現れ、斜面全体が白く輝く二上山産凝灰岩の切石ブロックで隙間なく覆われていた事実が判明したのです。

墳丘規模は対角長で約32メートル、高さは約4.5メートル。使用された切石ブロックは数千個におよびます。明日香村が総事業費を投じて完遂した復元整備によって、飛鳥の青空に純白の八角形が鮮やかに際立つ姿が再現され、現地を訪れる見学者の目を奪い続けています。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。