「青雲の志」という概念の成立には、二つの決定的な中国古典が関わっています。言葉の由来となった原典を知ることは、表面的な解釈を超えた教養としての厚みをもたらします。
第一の源流は、前漢の司馬遷が著した歴史書『史記』の「伯夷列伝(はくいれつでん)」に見られる記述です。伯夷列伝の中で、司馬遷は賈誼(かぎ)の言葉を引き合いに出し、次のような趣旨を述べています。
「市井に埋もれた有能な士であっても、青雲の士(高位高官にあって徳の高い人物)の後ろ盾や引き立てを得て初めて、その名声を天下に顕すことができる」
ここでの「青雲」は、手が届かないほど高い官位や、朝廷の中心で国政を動かす傑出した指導者を象徴していました。つまり古代においては、名もなき才人が高みを目指す際の目標そのものが「青雲」であったわけです。
そして第二の、より直接的に「青雲の志」という成句を後世に決定づけたのが、唐代の天才詩人・王勃(おうぼつ)が残した名文『滕王閣序(とうおうかくのじょ)』です。王勃はその詩文の中で、運命の過酷さに直面してもなお折れない不屈の精神をこう歌い上げました。
「窮且益堅、不墜青雲之志」
(窮すれば且つ益々堅く、青雲の志を墜とさず)
この一節は、「どれほど困窮し、境遇が落ちぶれようとも、志操をいっそう堅固に保ち、天を突くような気高い志を決して見失ってはならない」という強烈な克己心を詠んだものです。『滕王閣序』によって、「青雲」は単なる権力への階段ではなく、「過酷な逆境においてこそ輝く純粋な理想主義」という精神的な深みを宿すことになりました。