シベリアとは、カステラの生地の間に羊羹(または水羊羹)を挟み込んだ素朴な生菓子です。大正から昭和初期にかけて、庶民の憩いの場であった「ミルクホール」や町のパン屋で絶大な人気を博しました。しかし、その正確な発祥については今なお製菓史における謎の一つとされています。
最も有力な発祥説は、明治末期から大正初期にかけて横浜の菓子職人が考案したというものです。当時、日本有数の貿易港であった横浜にはいち早く西洋のカステラ製法が定着しており、これに日本伝統の小豆羊羹をドッキングさせるという、和洋折衷のハイカラな発想から誕生しました。大正時代中頃には東京の神田や本郷のミルクホールへ急速に普及し、苦いコーヒーや新鮮な牛乳とともに学生や労働者の舌を喜ばせました。
独特すぎる「シベリア」という名前の由来には、複数のロマンあふれる仮説が存在します。
- ツンドラ鉄道説:白褐色のカステラを雪原に見立て、中央に走る黒い羊羹をシベリア鉄道の線路に見立てたという視覚的着想。
- シベリア出兵説:大正7年(1918年)に始まった日本の「シベリア出兵」の時期に流行したため、世相を反映して命名されたという時事説。
- 寒天凍結説:羊羹が固まる様子を、極寒の地・シベリアの永久凍土が凍結する光景に擬えたという職人発祥説。
劇中の時代背景を考慮すると、日露戦争からシベリア出兵を経て軍国主義の足音が近づく日本の空気感が、この菓子の名前に色濃く影を落としています。ハイカラでモダンなカステラ(西洋の憧れ)と、湿り気のある羊羹(日本の土着性)の融合は、まさに西欧の科学技術を渇望しながら軍靴を響かせた当時の日本の姿そのものだったのです。