歴史の真実を掘り下げると、ネット上や一部の議論でしばしば取り上げられる「8月15日は法的な終戦の日ではない」という指摘に行き当たります。この指摘は、国際法や軍事史の観点から見れば極めて妥当な事実を含んでいます。
国際法上、戦闘が公式に停止し太平洋戦争が法的に終結したのは、1945年9月2日のことです。東京湾に停泊した米戦艦ミズーリ号の甲板上において、日本側全権の重光葵外相と梅津美治郎参謀総長が降伏文書に調印し、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーらがこれに署名した瞬間こそが、正式な戦争終結の日でした。そのため、アメリカやイギリスをはじめとする連合国側では、現在も9月2日を「対日戦勝記念日(VJ Day)」と位置付けています。
さらに踏み込めば、8月15日の玉音放送以降も日本軍と敵軍との激しい戦闘は完全には止まっていませんでした。代表例が千島列島最北端の占守島(しゅむしゅとう)における戦闘です。8月18日未明、ソ連軍が占守島へ奇襲上陸を開始し、堤不夾貴中将率いる日本軍第91師団は自衛のために反撃を展開、双方に数千名の死傷者を出す苛烈な戦闘が8月21日まで続きました。また、樺太や満州、中国大陸、南方戦線各地でも通信の途絶や現地の混乱により、8月15日を過ぎても戦闘が継続した地域が少なからず存在したのが厳然たる現実です。
では、なぜ日本国内では8月15日が圧倒的な象徴として定着したのでしょうか。それは、玉音放送によって国民全体が「敗戦」という不可逆の現実を同時に共有した精神的刻印の日であったことに加え、1963年(昭和38年)の閣議決定によって、政府が8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と公式に定めた歴史的背景があるからです。法的な調印日と、国民の感情的な区切りとしての終戦記念日。この2つの視点を両輪として把握しておくことこそが、偏りのない歴史理解には欠かせません。