1950年7月26日、埼玉県大宮市(現・さいたま市)に生まれた萩原健一は、10代半ばでザ・スパイダースの弟分バンドであったザ・テンプターズのボーカルとしてデビューしました。「エメラルドの伝説」や「神様お願い!」などの大ヒットを連発し、瞬く間にグループ・サウンズ(GS)ブームの頂点へと上り詰めます。
当時の熱狂は凄まじく、ステージに登場するだけで失神者が続出するほどでした。端正な顔立ちの中に宿るどこか気だるく危険な影、そして感情を剥き出しにしたハスキーな歌声は、「若い頃が圧倒的にかっこいい」と日本中の若者を虜にしました。その後、1971年には沢田研二、岸部一徳、大野克夫、井上堯之らと共に伝説のスーパーバンドPYG(ピッグ)を結成。GSのアイドル性から本格的なニューロックへの移行を図り、音楽シーンに新たな地平を切り拓きました。
盟友であり最大のライバルでもあった沢田研二との関係は、互いの才能を認め合いながらも激しい火花を散らす特別な間柄でした。フロントマンとしてツインボーカルを務めた二人の対比は、華やかな美学を極める沢田と、泥臭く生々しい情動を叩きつける萩原という、対照的なカリスマの競演として日本のポップミュージック史に刻まれています。