ドナー候補者となった当事者たちが直面する葛藤は、美談では片付けられない過酷な心理戦です。SNSや知恵袋、当事者の手記などには、善意の行動を起こしたはずの人間が家庭内で孤立していく痛烈な告白が溢れています。
都内のIT企業に勤務する30代男性の事例では、骨髄バンクから「HLA型が完全一致する患者が見つかった」と通知を受け、本人は提供に強い意欲を示しました。しかし、妻に打ち明けた瞬間、返ってきたのは激しい拒絶でした。「もし麻酔事故であなたに後遺症が残ったり、最悪の事態になったら幼い子どもと私はどう生きていけばいいの? 見ず知らずの人の命と、自分の家庭の安全と、どちらが大切なの?」――。この問いかけに、男性は言葉を失ったといいます。
患者側にとっても残酷な現実が存在します。骨髄バンクを通じてドナーが見つかったと知らされ、抗がん剤治療を耐え抜いて移植の準備を進めていた矢先、最終確認段階で「ドナー都合による同意撤回」を告げられる患者の精神的打撃は計り知れません。過去の取材記録や医療関係者の証言によると、ドナー登録の取り消し経緯の多くが「最終同意面談の直前で親や配偶者から泣いて止められた」「実家に相談したところ勘当同然の剣幕で怒鳴られた」という人間関係の破綻に起因しています。
さらに社会的な構造問題も見過ごせません。ドナー提供には事前検査や自己血採血、入院を含めて通算7〜10日程度の平日の拘束が発生します。一部の大手企業や官公庁では骨髄バンクのドナー休暇制度の導入が進んでいるものの、中小企業や非正規雇用層では「私的な善意のために仕事を何日も休むのか」という職場からの無言の同調圧力が存在します。これが「家族の生活費や仕事を犠牲にしてまで行うべきではない」という家族側の反対理由を強固に後押ししてしまうのです。