ロッテ創業者・重光武雄の壮絶生涯|お家騒動の真相と巨大財閥の光影

ロッテ創業者・重光武雄の壮絶生涯|お家騒動の真相と巨大財閥の光影

ロッテ創業者・重光武雄の壮絶生涯|お家騒動の真相と巨大財閥の光影の基本情報から最新動向までを徹底的にカバーしました。

重光武雄の原点は、1941年に玄界灘を渡って日本へ密航同然でやってきた青年期にあります。1921年(戸籍上は1922年)、朝鮮半島南部の慶尚南道蔚山(ウルサン)の貧しい農家に5人兄弟の長男として生まれた彼は、文学を志しながらも早稲田高等工学校(現在の早稲田大学理工学部系)の夜間部に通い、牛乳配達や新聞配達で飢えをしのぎました。

転機となったのは、彼の真面目な働きぶりに感銘を受けた日本人実業家・花井市四郎氏からの出資でした。軍用カッター油の製造工場を興すも米軍の空襲で2度も工場を焼失。終戦直後、焼け跡に残ったわずかな設備で製造したのが、当時闇市で飛ぶように売れた「ポマード」や石鹸でした。ここで得た利益をもとに花井氏への借金を利子をつけて全額返済し、強固な信用を築きます。

そして1948年、米軍の進駐軍が持ち込んだチューインガムに目をつけ、東京・新宿で「株式会社ロッテ」を設立しました。当時のガム市場は粗悪品が横行していましたが、重光は天然樹脂チクルを使った高品質ガムを開発。ゲーテの名作『若きウェルテルの悩み』のヒロイン「シャルロッテ」から社名を採り、「お口の恋人」という不朽のキャッチコピーとともに大ヒットを記録します。

1965年の日韓国交正常化以降、彼の視線は祖国・韓国へと向けられました。「製菓だけにとどまらず、国の基幹産業を興す」という強い信念のもと、ホテルロッテ、ロッテショッピング(百貨店・マート)、湖南石油化学(現ロッテケミカル)、建設などを次々と設立。当時の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領との強いパイプもテコにしながら、瞬く間に韓国財閥第5位に上り詰める奇跡的な成長を牽引しました。

森 瞳
著者

森 瞳

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