二代目中村獅童の父親である初代中村獅童は、1929年(昭和4年)9月28日、名門・小川家の三男として生を受けました。本名を小川三喜雄(おがわ みきお)といいます。父親は昭和の名女方として名を馳せた三代目中村時蔵。長男に二代目中村歌昇、次男に四代目中村時蔵、四男にのちの時代劇大スター・萬屋錦之介(初代中村錦之助)、五男に名バイプレイヤーの中村嘉葎雄を持つという、まさに歌舞伎界屈指の名門血統の直系でした。
三喜雄は1935年(昭和10年)にわずか6歳で初舞台を踏み、「初代中村獅童」を襲名。愛らしい容姿と勘の良さで、将来の幹部俳優候補として嘱望されていました。当時の公演記録を紐解くと、古典の名作において子役から若手役者へと順調に芸歴を重ねていた様子が確認できます。しかし、戦後の混乱期を経て20代を迎えた頃、彼の人生の舵は誰も予想しなかった方向へと大きく切られることになります。