軍旗スルデと並び、モンゴル帝国全土で強烈な効力を持っていたのが「タムガ(Tamga)」と呼ばれる紋章です。もともとは遊牧民が馬やラクダなどの家畜に所有権を示すために焼き付けた焼印でしたが、チンギス・カンの台頭に伴い、王族(黄金の氏族:アルタン・ウルク)や各千戸長(ノヤン)の権威を示す紋章へと昇華しました。
ヨーロッパの紋章院が管理する盾状紋章と同様に、モンゴルのタムガも三日月、太陽、弓矢、幾何学模様を組み合わせた洗練されたデザインを有していました。帝国領内の通行手形である「パイザ(牌子)」や、ローマ教皇宛ての親書に捺されたハーンの国璽にもこのタムガが刻まれ、帝国の公的文書を保証する絶対的シンボルマークとして機能したのです。
さらに、フビライ・カンが中国本土に打ち立てた「元朝」の時代になると、元朝旗印歴史において大きな転換が起こります。従来の遊牧的なスルデを維持しつつも、漢民族の伝統的な礼制を取り入れ、五爪の龍を描いた皇帝旗や、陰陽五行説に基づいた五色(青・赤・黄・白・黒)の布旗が軍陣や宮廷儀礼に導入されました。これにより、草原の遊牧性と中華王朝の格式が融合した独自の旗印文化が開花したのです。