2人の出会いは、久米宏氏が早稲田大学を卒業後、TBS(当時:東京放送)にアナウンサーとして入社した1967年前後にさかのぼります。当時、アナウンサー試験の倍率が数百倍という難関を突破したものの、社内では決して順風満帆なエリートコースばかりを歩んでいたわけではなかった若き日の久米氏を、精神的・知的に支えたのが麗子夫人でした。
演劇やアート、ファッションなどカルチャー全般に通じていた麗子夫人との対話は、久米氏にとって視野を広げる決定的な契機となりました。1969年に結婚して以来、久米氏がTBSを退社してフリーアナウンサーへと転身する際も、麗子夫人はリスクを恐れずその決断を後押ししたと自著や対談で振り返られています。