ジャニーさんの顔写真はなぜ非公開だった?素顔とメディア拒絶の真相

ジャニーさんの顔写真はなぜ非公開だった?素顔とメディア拒絶の真相

ジャニーさんの顔写真はなぜ非公開だった?素顔とメディア拒絶の真相の疑問点について、最新情報を取りまとめてご紹介します。

完全な秘密主義を貫いていたジャニー氏ですが、生涯の節目ごとに撮影された幾つかの記録写真が存在します。ジャニー喜多川の生い立ちとキャリアの各年代におけるビジュアルの特徴を整理しました。

年代・時期写真の特徴・記録の形態メディア公開の状況編集部の分析・位置づけ青年期・米国時代(1940〜50年代)ロサンゼルス高校の卒アル写真、上智大学時代の端正なスーツ姿歴史資料・追悼番組等で一部紹介日系2世としてのアイデンティティと米軍通訳官時代のスマートな風貌。創業初期(1960〜70年代)少年野球チーム「ジャニーズ」結成時、初代グループとの集合写真当時の芸能誌・記念書籍に掲載眼鏡をかけ屈託なく笑う青年実業家の素顔。当時は完全非公開ではなかった。全盛期(1980〜2000年代)キャップ帽、濃いサングラス、ジャケット姿の目撃情報のみ週刊誌の盗撮写真を除きメディア完全非公開事務所の巨大化に伴い鉄壁の情報統制が確立。パブリックイメージを徹底排除。ギネス認定時(2011年)帽子とサングラスを着用した上半身の公式ポートレート『ギネス世界記録2012』書籍内に公式掲載「最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした人物」としての初公式開示。逝去・お別れの会(2019年)白のジャケットにキャップ帽姿の公式遺影(2011年頃撮影)全国主要ニュース各社で一斉報道生涯を通じて本人が認めた数少ない「公式の肖像」として社会に定着。

ロサンゼルスで生まれたジャニー喜多川氏の若い頃の素顔は、堀が深く知的な面立ちの日系アメリカ人青年そのものでした。上智大学国際部へ進学し、駐日アメリカ軍事援助顧問団の事務職員を務めていた当時のポートレートからは、日米の架け橋として培われた語学力と洗練された佇まいが見て取れます。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。