映画『となりのトトロ』の世界において、最も象徴的な時代的特徴の一つが「テレビの不在」だ。劇中、草壁家にはもちろん、本家や村のどこを見渡してもテレビ受像機の姿はない。連絡手段といえば、本家に置かれた黒電話を借りに行くことくらいである。この文明の利器の欠如こそが、本作の舞台が昭和30年代前半(1950年代半ばから後半)であることを強く物語っている。
日本の歴史において、テレビが一般家庭へ爆発的に普及したのは1959年(昭和34年)の皇太子ご成婚パレードがきっかけだった。宮崎駿監督は「まだテレビが家庭に来る前の日本」を描くことを明確に意識していたという。つまり、家電製品が生活を覆い尽くす直前、昭和30年代の始まりに位置する数年間こそが、あの素朴な日常の土台となっているわけだ。
井戸の水汲みポンプや、薪で沸かすお風呂、土間の台所。不便でありながらも、人と人、そして人と自然が濃密に関わり合っていた時代。テレビが存在しないからこそ、子どもたちの視線は外の暗がりや薪小屋の隅、そして巨大な楠の樹冠へと向けられる。文明のノイズが途絶えた空白の中にこそ、トトロという精霊が息づく隙間が残されていたのだ。