二人の接点が生まれたのは、竹内まりやがシングル「戻っておいで・私の時間」でメジャーデビューを果たした1978年に遡ります。所属レコード会社(RCA/RVC)が同じだったことから、デビューアルバム『BEGINNING』の制作に山下達郎がアレンジャーおよびコーラスとして参加したことが、竹内まりやと山下達郎の出会いのきっかけでした。
当時、慶應義塾大学在学中だった竹内まりやは、透明感のある歌声と端正なルックスから瞬く間に脚光を浴び、メディアから「ミス慶応の女子大生シンガー」というアイドル的な扱いを受けていました。一方の山下達郎は、伝説的バンド「シュガー・ベイブ」解散後のソロ初期であり、玄人筋からは絶賛されつつも、商業的ブレイクを模索していた過渡期にありました。
スタジオでの初対面時、竹内まりやが抱いた山下の第一印象は「気難しそうで、近寄りがたい職人気質の先輩」というものだったと、後の対談取材で述懐されています。山下側もまた、当初は「大手芸能事務所が売り出す女子大生アイドル歌手」という先入観を抱いていたフシがありました。しかし、スタジオで実際に彼女がピアノを弾き、ビートルズをはじめとする洋楽ポップスの豊かな素養をのぞかせた瞬間、山下の態度は一変します。商業主義の枠組みを超えたソングライターとしての資質を、山下達郎はごく初期の段階で見抜いていました。
とはいえ、この時点では恋愛感情など微塵も存在せず、あくまで優秀なアレンジャーと期待の新人シンガーという、ドライなプロフェッショナル同士の関係性に過ぎませんでした。