水谷豊と伊藤蘭の間には、1990年に誕生した一人娘の趣里がいます。今や日本のドラマ界・映画界に欠かせない演技派女優として君臨する彼女ですが、その成長の過程には「親の七光り」という世間の偏見との孤独な戦いがありました。
幼少期からクラシックバレエに打ち込み、英国ロイヤル・バレエスクールへの留学を果たすほど将来を嘱望されていた趣里ですが、足首の剥離骨折とアキレス腱断裂という選手生命を絶たれる大怪我に見舞われます。絶望の淵に立たされた彼女が次に見出した道が、両親と同じ「演技の世界」でした。しかし、水谷豊と伊藤蘭は安易に芸能界へのコネクションを与えることは一切しませんでした。趣里自身も両親の威光を借りることを徹底して拒み、本名である「水谷」を名乗らず、自らの足で小劇場のオーディションを受け続ける道を選んだのです。
SNSやネット掲示板上でも、彼女のキャリア初期には「どうせ大物二世だろう」という懐疑的な見方が少なくありませんでした。しかし、映画『生きてるだけで、愛。』での鬼気迫る演技による日本アカデミー賞新人俳優賞受賞、そしてNHK連続テレビ小説『ブギウギ』での圧巻の歌唱と魂の演技を通じて、視聴者の反応は劇的に変化しました。「親の名前を忘れさせるほどの怪演」「自力で時代を掴み取った本物の表現者」という称賛が定着し、二世タレントの枠組みを完全に突破したのです。
水谷豊と伊藤蘭は、娘の出演作について公の場で過剰に言及することを控え、一人の独立した役者として見守り続けています。現場のスタッフや共演者からも「水谷豊さんが現場に口を出すようなことは一切ない」と証言されており、過度な干渉を避ける姿勢こそが、趣里の独自の表現力を開花させた決定的な要因となっています。