不死鳥コンサートで奇跡の復活を遂げたひばりさんは、精力的に音楽活動を再開。1989年1月には、秋元康氏作詞・見岳章氏作曲による名曲『川の流れのように』をリリースします。自らの波乱万丈な人生を穏やかに包み込むようなこの楽曲は、彼女の生涯を代表するラストシングルとなりました。
しかし、全国ツアーを再開した直後の1989年2月、病状が再び急変。東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院へ再入院を余儀なくされます。再入院後の精密検査で、持病の悪化に加えて「間質性肺炎」の発症が確認されました。
ひばりさんの病状は日を追うごとに悪化し、人工呼吸器が装着されるなど懸命の救命処置が続けられました。病室には、最愛の養子でありプロデューサーとして奔走していた加藤和也氏をはじめとする親族や関係者が詰め寄り、必死の看病を行いました。そして6月24日未明、和也氏をはじめとする家族に見守られながら、歌に生きた52年の生涯に静かに幕を下ろしました。