ネット上の言説において、小篠綾子とコシノ三姉妹の関係は「仲睦まじい天才デザイナー一家」として美化されがちです。しかし、そこには華やかな成功譚の裏に隠された、凄絶な葛藤と家族の影が存在しました。
第一の誤解は、「母親が娘たちにファッション教育を施した」という思い込みです。実際には、綾子は三姉妹(ヒロコ、ジュンコ、ミチコ)に対して、手取り足取りデザインを教えたことは一度もありませんでした。それどころか、長女のヒロコが文化服装学院への進学を希望した際、当初は「洋裁なんて家で覚えれば十分や」と冷ややかに突き放したといいます。母自身が毎日の生活と仕事に手一杯であり、子どもたちを甘やかす余裕など物理的になかったのが真相です。
第二の盲点は、母の巨大すぎる影に娘たちが窒息寸前まで追い詰められていた事実です。次女のコシノジュンコ氏は後年のインタビューで、「母という山があまりにも高すぎて、私たちはそこから逃げ出すために必死で自分の個性を磨くしかなかった」と語っています。三姉妹がそれぞれ全く異なるデザインの方向性を切り拓いたのは、母の教えによるものではなく、「小篠綾子の娘」というレッテルを破壊するための命がけの差別化戦略でした。
また、世間を驚かせた周防のモデルとなった男性との関係についても、年頃を迎えていた娘たちの心には深い影を落としました。家庭内に母以外の「男の気配」が存在することへの嫌悪感や、世間からの好奇の目に晒される屈辱。ドラマでは三姉妹のコミカルな反抗として軽妙に描かれていた場面の裏には、多感な思春期の少女たちが抱えたリアルな苦悩が存在していたのです。