宮崎市で育った堺雅人の実家は、内装や建材を扱う事業を営んでいた。父親は実直そのものの職人気質であり、妥協を許さない厳格な人物として知られている。3人兄弟の長男として生まれた堺に対し、父は幼少期から自主自立と読書の重要性を説き、徹底した規律をもって接した。
甘えを一切許さない教育方針は、一見すると冷徹にも思えるほど徹底していた。しかし、それは「自らの頭で考え、自らの足で立て」という男児への愛情の裏返しでもあった。家庭内には常に緊張感と知的な刺激が漂い、膨大な文学書に囲まれた環境が、後の読書家・堺雅人の骨格を形成していった。