自転車を題材にしたドラマがこれほど人を惹きつける根本的な理由は、その純度の高い肉体性に帰着する。エンジンもなければ、交代要員もいない。ひとたびサドルに跨がれば、襲いかかる風と傾斜、そして自らの乳酸と孤独に立ち向かい続けるほかない。ハンガーノックの恐怖に怯えながら補給食を口にし、指先の感覚を奪われながらハンドルを握りしめる登場人物たちの姿は、極限状態における人間の本質を浮き彫りにする。
前を走る仲間の背中だけを信じて風除けとなる自己犠牲の精神や、一瞬の牽制で勝敗が分かれる心理戦の残酷さ。自転車という極限の道具を通して描かれるのは、技術論ではなく生き様そのものだ。だからこそ、ロードに乗ったことがない読者であっても、登場人物たちの流す汗や涙に自らの人生を重ね、息を呑んでページをめくってしまう。