2015年8月、司忍六代目組長を中心とする執行部体制に反発し、山健組や宅見組などの有力組織が離脱して「神戸山口組」を結成しました。この未曾有の分裂劇において、最大の焦点の一つとなったのが「どちらが本流の山菱の看板(代紋)を継承しているか」という正統性の主張でした。
結成当初、神戸山口組側も「自らこそが三代目・田岡一雄や四代目・五代目の精神を受け継ぐ正統な山口組である」と主張し、山菱の代紋を掲げ続けました。これに対し、六代目山口組側は代紋の使用を「不当な盗用」として激しく非難し、代紋の意匠権や使用権をめぐる心理的・物理的な対立が全国各地で激化しました。
神戸山口組代紋との違いは、単なるデザインの差にとどまりません。六代目側が「100年続く伝統の継承者」としての一体性を強調するのに対し、神戸側は「本来の任侠道への回帰」を掲げて山菱を使い分けようとしました。しかし、警察庁の統計や報道各社の取材データが示す通り、勢力の趨勢とともに「山菱の看板」が持つ実質的な支配力は六代目山口組に集約されていきました。