川崎宗則選手のキャリアにおいて、最も過酷を極めたのが2017年から2018年にかけて発症した自律神経失調症でした。ソフトバンクへ復帰した2017年、度重なる故障と両足アキレス腱の痛みに加え、「結果を出し続けなければならない」という極限のプレッシャーが心身を蝕んでいきました。
当時の状況について、川崎選手はのちの特番インタビューや手記において、次のような壮絶な告白を残しています。
「朝起き上がろうとしても身体が鉛のように重く、動かない。食事が喉を通らず体重は激減し、テレビでプロ野球の試合を見るだけで動悸と拒絶反応が起きていた」
アスリートとしてのアイデンティティが完全に崩壊しかけたこの危機において、妻が取ったアプローチは一般的な「励まし」とは一線を画すものでした。彼女は決して「早く良くなって」「またグラウンドに戻ろう」といった言葉をかけず、「もう野球は辞めてもいい。宗則さんが元気で笑って生きていてくれれば、それだけで十分」という無条件の受容を示し続けたのです。
家族社会学およびメンタルヘルスの観点から分析すると、この対応は非常に高度な「心理的バウンダリー(健全な心理的境界線)」の保持に該当します。家族が重度の自律神経疾患に倒れた際、周囲が過剰に背負い込み「何とか復帰させよう」と焦るあまり共倒れ(共依存)に陥るケースは少なくありません。しかし妻は、夫の苦痛を自分の課題として混同せず、静かな環境とバランスの取れた食事を淡々と用意し、夫が心身を取り戻すための安全基地を守り切りました。
無理な期待を一切かけない妻の確固たる受容があったからこそ、川崎選手の過敏になっていた神経系は徐々に落ち着きを取り戻し、2019年の台湾プロ野球(味全ドラゴンズ)でのコーチ兼選手としての奇跡的な復帰、そしてBCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスでの継続的な挑戦へと結実したのです。