戦時体制下における陸上交通事業調整法を梃子に、小田急、京王、京急、相鉄などを傘下に収めた「大東急」の誕生。それは近代日本経済史において類を見ない超巨大私鉄ブロックの形成だった。一手に東京南西部の交通網を掌握したこの時期、五島は運輸通信大臣にまで上り詰める。
だが、戦後の大東急再編計画による各社の再独立は、五島の構想にどのような結末をもたらしたのか。強制的な解体に見えた分割劇だが、統合期間中に進められた規格統一や路線間の相互乗り入れの基礎工事は、戦後の首都圏交通のボトルネックを未然に防ぐ決定打となった。巨大組織が残したハードとソフトの遺産は、形を変えて今も首都圏の通勤・通学を支え続けている。