瀬織津姫を語る上で欠かせないのが、伊勢神宮の最高神・天照大神との不可分な関係です。神道には、神の霊魂には穏やかな恵みをもたらす「和魂(にぎみたま)」と、荒々しい活動力や変革をもたらす「荒魂(あらみたま)」という二面性があるとする教義が存在します。
伊勢神宮の内宮(皇大神宮)の正宮には天照大神の和魂が祀られていますが、そのすぐ北側にある第一の別宮「荒祭宮(あらまつりのみや)」には天照大神の荒魂が祀られています。実は、鎌倉時代から室町時代にかけて伊勢の度会神道などで著された中世神道文献『中臣祓気吹記(なかとみのはらえいぶきき)』や『神道集』などには、「荒祭宮の祭神、天照大神の荒魂とはすなわち瀬織津姫のことである」と明確に記されているのです。
公の正史では切り離された二柱が、神社の奥の院ともいうべき秘伝において「表裏一体の存在」として結びつけられていた事実は、中世神道界の深層を鮮烈に示しています。
さらに民間古文書『ホツマツタエ』においては、記紀とはまったく異なる神話宇宙が描かれています。『ホツマツタエ』の記述では、天照大神は「アマテル」という男神であり、その正妃として国家を支え、内助の功を尽くした后こそが「瀬織津姫穂乃子(ほのこ)」であると伝えられます。後に「向津姫(むかつひめ)」の名を賜り、夫亡き後も国を治めたとされるこの伝承は、正統歴史学からは近世以降の偽書として扱われているものの、古代のジェンダー観や地方に口伝されてきた「もうひとつの神話」として根強い支持を集めています。
太陽の光(和魂)が万物を育てる一方で、日照りが続けば旱魃を招き、暴風雨や大水(荒魂)が古い大地を一掃して新たな生命を芽生えさせる。天照大神と瀬織津姫は、古代人が捉えた「太陽と水」「生と死と再生」という自然界のダイナミズムを象徴するペアであったと捉えるのが、比較神話学的な整合性を持ちます。