「会場に到着した直後、すれ違った年配の女性から『衿が逆よ』と小声で指摘され、顔から火が出るほど恥ずかしかった」――大手質問サイトやSNS上では、毎年夏本番を迎えるたびにこのような痛恨の失敗談が数多く投稿されています。どれほど高価なブランド浴衣を身に纏い、美しくヘアメイクを整えていても、基本原則を一つ誤るだけで周囲に違和感を与えてしまいます。
和装において最も重大なマナー違反とされるのが、浴衣衿の合わせ方右前左前の理由を正しく理解していないことによる「逆合わせ」です。着物は男女を問わず必ず「右前(みぎまえ)」で着るのが鉄則です。ここでいう「前」とは時間軸的な「先」を意味し、「右側の身頃を先に体に巻き、その上から左側の身頃を重ねる」所作を指します。自分の右手が懐にスッと入る状態、あるいは向かい合った相手から見て胸元がアルファベットの「y」の字に見える状態が正しい着姿です。
歴史を遡ると、奈良時代の719年(養老3年)に元正天皇が発令した「養老衣服令」の「右衽着用の令(うじんちゃくようのれい)」に由来します。当時の先進国であった唐の制度に倣い、身分の高低に関わらずすべての国民が右前に統一されました。一方、亡くなった方に着せる死装束(経帷子)のみを逆の「左前」とする仏教的・民俗的慣習が定着したため、生きている人間が左前で着ることは「忌み嫌うべき縁起の悪さ」を象徴するタブーとなったのです。
さらに現場の着付け師が警鐘を鳴らすのが、スマートフォンのインカメラによる自撮り反転現象です。「鏡やインカメラの反転画面を見ながら着付けを行い、左右を取り違えてそのまま外出してしまう事例が若い世代を中心に急増している」(都内呉服店・着付けインストラクターの証言)。現代ならではのデジタルな落とし穴にも細心の注意を払わなければなりません。