抹茶と煎茶を決定づける最大の分岐点は、収穫前の太陽光の管理にあります。一般的な煎茶は、新芽が生育する期間中ずっと太陽の光を燦々と浴びせる「露地栽培(ろじさいばい)」で作られます。日光をふんだんに浴びた茶葉では、光合成が活発に行われ、根から吸い上げた旨味成分「テアニン」が渋味成分「カテキン(タンニン)」へと次々に変化します。この結果、煎茶特有の清涼感ある渋味と爽やかな香気が形成されます。
これに対し、抹茶の原料となる茶葉は「覆下栽培(おおいしたさいばい / 被覆栽培)」という厳格な遮光管理のもとで育てられます。新芽が2〜3葉開き始めた収穫前の約20日〜30日間にわたり、畑全体を黒い遮光ネットや藁(わら)で覆い、日光を70%〜98%以上遮断します。光合成を極限まで抑え込まれた茶葉は、葉緑素(クロロフィル)を爆発的に増やして光を取り込もうとするため、目の覚めるような濃緑色へと変貌します。同時に、アミノ酸の一種であるテアニンがカテキンに変換されず葉の中に留まり続けるため、渋みが極限まで抑えられ、濃厚な甘みと旨味(出汁のようなアミノ酸のコク)が凝縮されます。
収穫後の一次加工プロセスにおいても、決定的な断絶が存在します。煎茶は茶葉を蒸気で殺青(熱処理)したあと、「揉み」の工程を何度も繰り返して細胞壁を破壊しながら細長い針状に成形していきます。揉むことで急須のお湯に成分が溶け出しやすくなるためです。
一方、抹茶の原料葉となる碾茶(てんちゃ)は、蒸熱のあとに決して「揉む」工程を挟みません。葉を揉んでしまうと細胞が破壊されて茶汁が酸化し、抹茶特有の鮮やかな緑色や微細な粉砕適性が損なわれてしまうからです。熱風炉で均一に乾燥させた碾茶は、専用の木骨乾燥機や風力選別機にかけられ、茎や太い葉脈が徹底的に除去されて、柔らかな葉肉(リーフ部)の断片のみに選別されます。
仕上がった碾茶を最終製品である抹茶へと昇華させるのが、伝統的な石臼挽き製法です。高速回転する金属刃の機械ミルで強引に粉砕すると、摩擦熱によって熱に弱いビタミン類やクロロフィルが破壊され、茶葉の香気が飛んでしまいます。伝統的な花崗岩の石臼は、上臼と下臼の絶妙な溝の刻みによって、摩擦熱をほとんど発生させずに1分間に数十回転という極めて穏やかな速度で茶葉をすり潰します。1台の石臼から1時間に生まれる抹茶の量はわずか30g〜40g程度。この妥協なき低速粉砕が、平均5〜10ミクロン(花粉粒子と同等レベル)のミクロの世界を実現し、舌に乗せた瞬間にすっと溶けるビロードのような舌触りと立ち昇る豊かな覆い香(おおいか)を生み出すのです。