似鳥昭雄氏は1944年3月5日、旧樺太(現サハリン)で生まれました。終戦に伴い北海道札幌市へ引き揚げてきましたが、当時の家庭環境は極めて困窮しており、幼少期は食べるものにも事欠く毎日を過ごしました。学校では貧しさを理由に激しいいじめを受け、成績も常に最下位クラス。「自分は何をやっても駄目な人間だ」と劣等感を抱え続ける日々だったと、本人は複数の著書で赤裸々に振り返っています。
学歴を巡るエピソードも型破りです。高校進学すら危ぶまれる中、定時制や私立高校を経て北海学園大学経済学部へと進学。しかし、大学時代も学業には身が入らず、友人への頼み込みや持ち前の交渉術(本人曰く「裏ワザ」)を駆使して単位を取得し、何とか卒業に漕ぎ着けました。大学卒業後は広告会社に就職したものの、営業成績が上がらずわずか半年で解雇されるという手痛い挫折を味わっています。
後に似鳥氏は、自身がADHD(注意欠如・多動症)の傾向を持っていることを公に語っています。「じっと座っていられない」「人の話を聞き続けるのが苦手」「片付けができない」といった特性に悩み抜いた経験こそが、後に「人の短所を責めず、得意分野を徹底的に伸ばす」というニトリ独特の人材配置哲学を生み出す契機となりました。弱みを隠すのではなく正しく自覚したことが、起業家としての覚醒への第一歩となったのです。