1990年代半ば、旧ジャニーズ事務所に入所した相葉雅紀。当時は空前のJr.ブームであり、多くのライバルがひしめく中で彼は必死に汗を流していた。日本テレビ系の連続ドラマ『ぼくらの勇気 未満都市』に出演するなど、早くから頭角を現していたものの、デビューまでの道は決して平坦ではなかった。
結成直前までハワイ行きを知らされていなかったという有名な逸話もある。パスポートを持っていたことから急遽選ばれたというエピソードは今や伝説的だ。泥臭い努力を惜しまず、どんなピンチも持ち前の明るさで乗り越えていく姿勢は、すでにこの頃から培われていた。