ネット上のオカルト掲示板や怪談配信などで、哲学堂公園はしばしば「夜間に怪奇現象が起きる」「異界への扉が開く」といったセンセーショナルな言葉で語られます。「鬼神窟(きしんくつ)」や「幽霊梅(ゆうれいばい)」、「天狗松(てんぐまつ)」といったおどろおどろしい名を持つスポットが実在することも、恐怖譚に拍車をかける要因となってきました。
哲学堂公園の心霊の噂の真相を歴史的背景から紐解くと、まったく逆の事実が浮かび上がります。この公園を創設した哲学者・井上円了は、明治期に日本全国を巡って迷信や怪異現象を科学的・合理的に解明した「妖怪博士」として知られる人物です。円了は、人々を惑わす妖怪や幽霊の正体を暴き、近代的な理性を啓発することに生涯を捧げました。
中野区における哲学堂公園の歴史と経緯を辿ると、円了は1904年(明治37年)に自らの哲学理念を具現化する精神修養の場として「四聖堂」を建立しました。園内に配置された一見不気味な名称の構造物は、来訪者が歩きながら思索を深め、恐怖や迷信といった心の迷いを克服するために設計された壮大な「哲学的テーマパーク」の装置です。心霊現象とされる体験の多くは、夜間の鬱蒼とした樹林の暗がりや特異な古建築が人間の心理的投影(パレイドリア現象)を引き起こした結果であると結論づけられます。