本田竜一の映像制作に対する情熱は、学生時代から群を抜いていた。彼が学んだ日本映画大学(旧・日本映画学校)は、現場主義の過酷な実習と徹底した映画教育で知られる名門だ。同時代には日本大学芸術学部などの名門校も映画業界へ数々の才能を送り出していたが、日本映画大学の現場仕込みの泥臭さと熱気は、本田監督の表現スタイルに決定的な影響を与えたとされる。
キャンパスでの数年間、彼は昼夜を問わずカメラを回し、同期たちと激しい映画議論を戦わせた。単なる理論にとどまらず、実際にフィルムを回し、編集室にこもりきる日々。この時期に培われた圧倒的なカット割りセンスと、キャラクターの滑稽さを愛おしく描く視線こそが、後に邦画シーンを揺るがす強力な武器となっていったのだ。