父・清原和博氏から受け継いだ遺伝子は、打席での立ち姿だけでも観客を魅了する圧倒的な存在感を放っていた。慶應義塾大学硬式野球部に所属した4年間で、彼はその資質を実戦の場で花開かせた。特に大学最後のシーズンで魅せたインコースへの対応と、逆方向へ放ち込まれる打球の伸びは、並の大学生レベルを凌駕していた。
ブランクを感じさせない技術の吸収速度は特筆に値する。バットコントロールと振り抜く力の連動性が高まり、神宮球場のスタンドへ幾度となく放ち込んだ本塁打は、彼の努力が結実した瞬間にほかならない。「清原の息子」という想像を絶する重圧を背負いながら、結果で周囲を納得させてきたプロセスこそが、彼が真のアスリートとして高く評価される理由だ。