「なぜ、攻撃用の矛と防御用の盾を並べると辻褄が合わないという意味になるのか?」――この疑問を紐解く鍵は、中国の戦国時代末期に成立した法家の代表的古典『韓非子(かんぴし)』難一(なんいつ)編に記された有名な寓話にあります。
物語の舞台は、紀元前の楚(そ)の国です。市場に現れた一人の武器商人が、道行く人々に向かって自慢の武具を声高に売り込んでいました。商人はまず盾を掲げ、誇らしげにこう叫びました。「私の盾は極めて堅牢であり、どんなに鋭い矛であっても決して突き通すことはできない」。これを聞いた群衆は感嘆します。
しかし、調子に乗った商人は続いて矛を抜き放ち、さらに大声で叫びました。「私の矛は天下無双の鋭さを誇り、どんなに硬い盾であっても突き通せないものはない」。
熱狂する人垣の中から、ある見物人が冷ややかに尋ねました。「では、お前のその矛で、お前のその盾を突いたらどうなるのだ?(以子之矛、陷子之盾、何如)」。
商人は言葉に詰まり、一言も返答できなくなってその場から逃げ去るしかありませんでした。いかなる盾も突き通す矛と、いかなる矛も防ぎ止める盾が同じ世界に同時に存在するはずがないからです。この「何でも貫く矛」と「何ものも通さない盾」の対立構造から、辻褄が合わないことを指す矛盾という故事成語が誕生しました。
ここで見落とされがちな歴史の真相があります。著者である思想家・韓非(かんぴ)は、単に商人の間抜けなセールストークを笑うためにこの寓話を書いたわけではありません。当時の中国で儒家思想家たちが、伝説の名君とされる「堯(ぎょう)」と「舜(しゅん)」の2人を同時に手放しで礼賛していたことに対し、「堯の統治が完璧だったなら舜が民を導き直す必要はなかったはずであり、舜を称えるなら堯の失政を認めるべきだ。双方を最高と持ち上げるのは、あの武器商人の矛盾と全く同じだ」と痛烈に思想批判を展開するための武器として、この鋭利なロジックを提示したのです。