イサバのかっちゃにまつわるエピソードには、外部から見ると意外に思える事実や、知られていない誤解がいくつか存在します。
第一の誤解は、「イサバのかっちゃは特定の個人を指す愛称である」という思い込みです。陸奥湊駅前に立派な銅像があるため、かつて実在した伝説的な1人の女性行商人の名前だと勘違いされるケースが少なくありません。しかし実際には、八戸の港町でたくましく働いてきた魚市場の行商女性たちの総称であり、八戸の女性たちの勤勉さとバイタリティを讃える集合的なシンボルです。
第二の盲点は、彼女たちが単なる「魚売り」ではなく、「高度な情報流通ネットワークの担い手」だった点です。電話やインターネットが普及していなかった昭和中期、近隣の農村部へ魚を売り歩くかっちゃたちは、港の最新情報や町中の出来事、冠婚葬祭の連絡などを届ける情報ハブの役目を果たしていました。魚と引き換えに農村の新鮮な野菜や米を仕入れて港町に戻る「物々交換のコーディネーター」でもあり、地域経済の循環を草の根で支えていたのです。