1999年に歴史学者・大山誠一氏が提唱した「聖徳太子の実在否定論(虚構説)」は、学界のみならず一般社会にも大きな衝撃を与えました。大山説の論点は、「『日本書紀』編纂時、持統天皇や藤原不比等らが自らの皇位継承や律令国家の権威付けのために、実在の厩戸王に中国風の理想的聖人像を被せて捏造したのが聖徳太子である」というものでした。
このセンセーショナルな学説はメディアで「聖徳太子はいなかった」と短絡的に拡散されましたが、その後の史料再検証や金石文(法隆寺釈迦三尊像光背銘や天寿国繍帳など)の研究によって、現在では以下のように議論が整理されています。
「厩戸皇子という政治的主導権を持った皇族は確実に実在した。ただし、『日本書紀』以降に肉付けされた数々のスーパーマン的伝説や単独統治の描写は後世の創作である」という見解が、最新の歴史研究における標準的なコンセンサスです。実在性を全面的に否定するのではなく、「神格化された偶像」と「等身大の歴史的主体」を峻別する視点こそが、現代の歴史リテラシーには不可欠です。