なぜトレンディドラマの第一線で活躍していた二枚目俳優が、これほどまでに極端なイメージチェンジを遂げたのか。その背景には、過酷な芸能界の構造を見据えた冷徹なまでの危機管理意識と生存戦略が存在していました。
竹内力は後年のテレビ特番や雑誌インタビューにおいて、当時の苦悩を率直に明かしています。「甘い顔立ちの爽やかな二枚目俳優なんて、毎年新しい若手が次から次へと出てくる。代わりがいくらでもいるポジションにしがみついていたら、30代、40代になった時に確実に淘汰される」という危機感を強く抱いていたのです。
さらに、自身が本来持っていた大分県出身の骨太な気質や、男臭いアクションへの憧れと、トレンディドラマで求められる「白馬の王子様像」との乖離にも違和感を覚えていました。そこで選んだのが、当時勃興期にあった「東映Vシネマ」という未開拓のフィールドでした。
他人が真似できない圧倒的なアクの強さを手に入れるため、竹内力は徹底した自己プロデュースを断行します。体重を増やして体をビルドアップし、ギラついたド派手なダブルスーツを自らデザインして仕立て、顔の表情筋を徹底的に鍛え上げて独特の威圧的な表情を開発しました。二枚目というレッドオーシャンを捨て、強烈な個性で勝負するブルーオーシャンへと舵を切ったこの決断こそが、30年以上にわたりトップを走り続ける基盤となったのです。