和彫りの鯉を語る上で欠かせないのが、中国の黄河上流にある難所「竜門」にまつわる故事です。激流が渦巻く滝を多くの魚が登ろうと試みる中、ただ一匹、険しい激流を遡りきった鯉だけが天に昇って龍へと変貌したという伝説こそが、日常会話でも用いられる「登竜門」の語源となっています。
伝統刺青において、鯉の滝登りの刺青由来は「幾重の困難や逆境を乗り越えて成し遂げる立身出世」や「不屈の生命力」の誓いにほかなりません。江戸時代後期、歌川国芳をはじめとする浮世絵師たちが描いた錦絵が町人や火消したちの肌へと移植された際も、過酷な現場を生き抜く男たちの「願掛け」として鯉が熱烈に支持されました。
全国の刺青師情報を取りまとめる専門筋の資料でも、鯉は「最も格式が高く、誰からも愛される縁起物」として筆頭に挙げられています。単なる魚の描写にとどまらず、エラやヒゲ、ウロコが次第に龍の形態へと変化していく過渡期を描いた「化け鯉(龍魚)」は、まさに凡人が修練を経て非凡な存在へと脱皮する過程そのものを表現しています。自らの現状を打破し、さらなる高みを目指す者にとって、化け鯉は生涯の覚悟を映す鏡として選ばれ続けています。