2012年の春、阪神甲子園球場は異様な空気に包まれていました。高校野球の開会式といえば、ブラスバンドの行進やざわめきが残るのが常ですが、野々村彩乃氏がマイクの前に歩み出た瞬間、球場全体の喧騒が嘘のように引いていきました。彼女が歌い始めた瞬間の様子について、当時の現場にいたスポーツ紙記者は次のように回想しています。
「最初の『き〜み〜が〜』という母音『い』が甲子園の空に抜けた瞬間、ベンチの球児たちもスタンドの観客も、息を呑んで固まりました。普通、屋外球場のマイクは風の音を拾い、音響が散ってしまう。しかし彼女の声は球場のバックスクリーンまで一直線に突き刺さり、空気がピンと張り詰めた。あんな君が代は後にも先にも聴いたことがありません」
高校生離れした声楽技術の背景には、確固たる実績がありました。彼女は前年に行われた「全日本学生音楽コンクール」の声楽部門・高校生の部で全国第1位を獲得しており、その実力を買われての大抜擢だったのです。しかし、ただ技術が優れていただけではありません。国歌に対して真摯に向き合い、一切の虚飾を排して言葉を届けるという「祈り」に似た集中力が、聴き手の自律神経を直撃し、生理的な鳥肌反応をもたらしました。
気になる野々村彩乃氏の現在の状況ですが、彼女は大阪音楽大学を首席で卒業後、同大学院を修了。イタリア・ボローニャへの留学を経て、国内外のオーケストラとの共演やリサイタルを重ねる日本を代表する本格派ソプラノ歌手として第一線で活躍を続けています。現在も主要な公式式典や国際スポーツ大会で国歌独唱の依頼が絶えず、彼女が歌う動画は公開から10年以上が経過した今もなお、「日本で最も美しい君が代」として世界中からコメントが寄せられ続けています。