生活者が抱く最大の疑問は、「なぜ企業はお金を払ってまで視聴者に嫌われるCMを流すのか」という点に集約されます。その根本的なムカつくCMの理由を広告クリエイティブの構造から解き明かすと、制作陣が直面する冷酷な現実に行き当たります。それは、「好意を持たれても忘れられる広告は、商業的に完全な敗北である」という業界の不文律です。
大手広告代理店で長年クリエイティブディレクションを担当してきた制作関係者は、匿名を条件に次のような実態を明かしています。「美しい映像や心地よい音楽で構成された好感度の高いCMは、確かに視聴者に好まれます。しかし、翌日にはどこの企業の何のCMだったかすら覚えてもらえない。一方で、生理的な不快感や違和感を覚えたCMは、嫌悪感とともに企業名や商品名が強烈に記憶へ焼き付きます。クライアントから『とにかく認知度を前年比200%に引き上げろ』と至上命題を突きつけられた現場は、最終手段として意図的な“ノイズ”を仕掛けるのです」。
情報が氾濫し、テレビのタイムシフト視聴やスマートフォンの「ながら見」が定着した環境では、通常の演出で視聴者の視線や耳を奪うことは極めて困難です。そのため、会話を中断させるほどの不協和音、あえて音程を外した歌唱、常識から逸脱した奇異なキャラクターを画面に放り込むあえて不快にするCM制作意図が意図的に採用されます。好感度を犠牲にしてでも認知率という数字だけを強引に毟り取る手法こそが、画面の向こうで生み出される苛立ちの主たる正体です。