日本においても、鞭打ちや棒打ちはかつて主要な刑罰体系の一部でした。古代の大宝律令に定められた「五刑(笞・杖・徒・流・死)」のうち、笞罪(ちざい)と杖罪(じょうざい)がまさにこれに該当します。
江戸時代には幕府の基本法典『公事方御定書』に基づき、庶民や武士以外の階層に対して「敲(たたき)」と呼ばれる刑罰が頻繁に執行されていました。棒で背中や臀部を50回または100回打つ刑で、スリや軽微な窃盗に対する標準的な懲罰でした。
日本の身体刑に終止符を打ったのは、明治維新に伴う近代化政策です。1870年の「新律綱領」や1873年の「改定律例」を経て、1882年(明治15年)に施行された旧刑法(フランス法学者ボアソナードが草案を作成)によって、笞罪は完全に廃止されました。欧米列強との不平等条約改正を果たすため、「近代文明国として野蛮な身体刑を全廃した」というアピールが必要だった歴史的背景があります。