鯉登少尉の人間的成熟において、欠かすことができない鏡像関係にあったのが従卒を務めた月島基(つきしまはじめ)軍曹です。当初、月島にとって鯉登は「鶴見の謀略のために甘やかして飼い慣らすべき厄介なボンボン」に過ぎませんでした。
しかし樺太の過酷な旅路のなかで、鯉登は理不尽な状況にも怯まず前進する天性の前向きさと、他者の痛みに直感で寄り添う純粋さを見せ始めます。スチェンカでの泥臭い奮闘やサーカス団での曲芸披露など、体裁を捨てて現場に飛び込む少尉の姿は、冷徹な殺人機械と化していた月島の凍てついた心を少しずつ溶かしていきました。
決定打となったのは、狂言誘拐の真相に気付いた鯉登が、自分自身のためではなく「鶴見の呪縛に囚われ、自責の念で死に場所を探している月島を救うため」に行動を起こした点です。「月島、私を見送れ」という五稜郭での叫びは、命令ではなく一人の人間として月島に生きる意味を与え直す魂の救済でした。最終的に月島が鯉登の副官として生涯を支え続けた結末は、二人の間に生まれた絶対的な信頼関係の証明です。