ネット上の掲示板やSNSでは、「満月じゃない中秋の名月はお月見として不完全ではないか」といった声が散見されます。しかし、これは歴史的な文化背景から見ると大きな誤解です。
平安貴族をはじめとする日本の先人たちは、完璧な満月(真円)だけを尊んでいたわけではありません。むしろ、完全無欠の円になる一歩手前の「わずかに満ちきらない風情」や、満月を過ぎて少しずつ欠けていく姿にこそ、移ろいゆくものの美(もののあわれ)を見出していました。
事実、日本の月待ち文化には中秋の名月(十五夜)以外にも魅力的なお月見が多数存在します。
- 十三夜(じゅうさんや / 栗名月・豆名月):旧暦9月13日の夜。中秋の名月から約1カ月後に訪れ、満月前の左側が少し欠けた月を愛でる日本独自の風習。十五夜と十三夜のどちらか片方しか見ないことを「片月見(片見月)」と呼び、縁起が悪いとして両方を眺めるのが粋とされた。
- 十六夜(いざよい):旧暦8月16日の月。満月よりも月の出が約50分遅れるため、月が空へ昇るのを「ためらっている(いざよう)」ように見えることから名付けられた風情ある呼び名。
- 立待月(たちまちづき)・居待月(いまちづき):それぞれ旧暦17日、18日の月。立ったまま待つうちに月が出る、座って待つうちに月が出る、という月の出の遅さを楽しむ文化。
「中秋の名月=満月でなければならない」という固定観念を捨てることで、夜空の鑑賞はより情緒深いものへと変化します。