上品で穏やかな笑顔を見せる高橋一生ですが、その少年期から青年期にかけての生活実態は、現代の社会問題として認知される「ヤングケアラー」そのものでした。TBS系『A-Studio』などのトーク番組で自ら淡々と語ったエピソードは、視聴者に強い衝撃を与えています。
母親は金銭感覚が極めてルーズで、事業の立ち上げと失敗を繰り返していました。そのため、高橋一生は10代半ばにして家庭の財布を預かり、自ら家計簿をつけながらスーパーの特売日を把握し、幼い弟たちのオムツを替えて離乳食を食べさせる生活を送っていました。年の離れた五男に至っては、兄弟というよりも実の我が子のように慈しみ育てたといいます。
「食べるものが家になく、乾物やキャベツの千切りだけで飢えをしのいだ」「電気やガスが突然止められるのは日常茶飯事だった」というエピソードは、華やかな赤坂という街の片隅で現実に起きていた生活苦です。20代前半の若手俳優時代にも極貧生活は続き、仕事のない時期には知人の家を転々としたり、1日1食の質素な食事で食い繋いだりする日々を経験しました。「実家が金持ち」という世間の噂は、本人が乗り越えてきた壮絶な飢えと苦闘の歴史を知れば、完全に事実無根であると分かります。