東日本大震災における震災関連死を検証する上で、福島県が抱えた特殊な事情は避けて通れません。岩手県や宮城県では津波による直接死が犠牲者の大多数を占めたのに対し、福島県では直接死(約1,600人)に対し、震災関連死が2,330人を超え、直接死の約1.4倍に達するという極めて特異な逆転現象が発生しました。
福島県でこれほどまでに関連死が膨れ上がった最大の要因は、東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う「強制的な広域避難」と「避難生活の長期化」です。
当時、避難指示区域の住民は、着の身着のままで避難所を転々とすることを余儀なくされました。自治体全体が町外・県外へ集団避難する中で、数回から十数回にわたる転居を繰り返した高齢者も珍しくありません。住み慣れた土地、先祖代々の墓、農地、長年培った近隣住民との結びつきを断ち切られた精神的苦痛は計り知れず、認知症の急激な進行や心身の衰弱を招きました。
当時の報道や医療関係者の手記には、以下のような凄惨な証言が残されています。
「寝たきりの高齢者を乗せたバスが、受け入れ先の見つからないまま何時間も真冬の道路をさまよった。暖房も切れ、オムツ交換も満足にできない車内で、避難先に到着した時にはすでに息を引き取っていた患者が何人もいた」(双葉郡の医療機関関係者の手記より)
「故郷に戻れる見通しが立たず、仮設住宅の狭い部屋で一日中テレビを見つめるだけの日々。生きがいを奪われ、家族に『早くお迎えが来てほしい』と漏らしていた祖父は、半年後に心不全で倒れた」(福島県富岡町からの避難者家族の証言)
このように、福島における震災関連死は単なる「病死」ではなく、原発事故という人為的要素が重なった複合災害によって生活基盤を奪われた結果生じた「防ぎ得たはずの死」であったと言えます。