1984年にリリースされた『涙のtake a chance』は、日本の音楽シーンおよびポップカルチャーにおける歴史的転換点となった。ひらがな表記の「風見しんご」名義でリリースされたこの楽曲で、彼は自らニューヨークへ渡り本場の空気感を吸収。帰国後、テレビ番組の生放送でバック転やヘッドスピンを惜しげもなく披露した。
当時はまだ認知度が低かったヒップホップ文化や本格的なストリートムーブメントを、一気にメジャーな存在へと押し上げた功績は極めて大きい。ラジオや音楽番組を通じて彼の姿を目撃した少年たちが、全国の路上で踊り始めた。まさに日本におけるブレイクダンスの夜明けを告げた瞬間であった。