華麗な一族の血筋を引く一青窈ですが、その生い立ちは決して平坦なものではありませんでした。台北の幼稚園を卒園後、一家で日本へ移住し、神奈川県の名門私立・森村学園初等部に入学。しかし、小学2年生のときに父・顔恵民氏が癌により逝去します。家父長を失った一家の動揺は大きく、思春期を迎える過程で姉妹は多大な精神的影響を受けました。
さらに過酷な試練が続きます。一青窈が高校2年生のとき、今度は母・かづ枝氏も癌を患い、若くして旅立ってしまったのです。多感な十代半ばにして両親を完全に亡くした姉妹は、身を寄せ合い、互いを支え合って生きていくことを余儀なくされました。
この壮絶な家族の軌跡は、実姉であり歯科医師・女優・エッセイストとして活躍する一青妙(ひとと たえ)氏の著書『私の箱子(私の宝箱)』や『ママ、ごはんまだ?』(後に映画化)に克明に記録されています。手記には、日本と台湾の間で引き裂かれそうになりながらも、母が遺した台湾料理のレシピ帳を手がかりに家族の絆を取り戻していく様子が生々しく綴られています。