プロデュースのオファーを受けた当初、YOSHIKIは滝沢秀明氏(当時)からの熱烈なラブコールを受け、SixTONESの過去のパフォーマンス映像やバックボーンを徹底的にリサーチしたと当時のドキュメンタリー番組や手記で明かしています。世間がSixTONESに抱いていたイメージは、アグレッシブなラップや激しいダンス、いわゆる「オラオラ系」と称されるワイルドな佇まいでした。
しかし、YOSHIKIが選んだアプローチは、彼らのパブリックイメージを鮮やかに裏切る繊細なクラシックピアノのアルペジオから始まるミディアム・ロックバラードでした。そこにはプロデューサーとしての極めて冷徹かつ先見的な計算がありました。
「アップテンポなダンスナンバーは時代とともに消費されやすい。しかし、時代を超えて残る普遍的なメロディを持った楽曲は、10年後、20年後も歌い継がれる」。YOSHIKIはSixTONESの歌唱力、とりわけ京本大我とジェシーを中心としたボーカルの表現力、6人の声質のグラデーションの豊かさに着目し、世界基準で戦えるオーセンティックな楽曲構造をあつらえたのです。制作現場ではミリ秒単位のボーカルエディットとストリングスの配置にこだわり、数ヶ月にわたる綿密なやり取りの末に完成へ漕ぎ着けたと伝えられています。