昭和末期から平成初期にかけて、企業イメージガールはトップタレントへの登竜門として機能していた。アサヒイメージガールとして脚光を浴び、後に国民的俳優へと上り詰めた山口智子はその代表例だ。親しみやすさと圧倒的な存在感で、ブランド価値の向上に大きく貢献した。
また、クラリオンガールとして一世を風靡したかとうれいこなど、当時の水着キャンペーンガールたちはグラビア界やバラエティ番組の主役に躍り出た。企業の名を冠したオーディションは、メディアが新たなスターを発掘するための最重要ルートだったのだ。
彼女たちの活躍は、単なるプロモーションの枠を超え、時代のポップカルチャーそのものを形成した。今なお語り継がれるこの黄金期が、現在の業界の基盤を作り上げたことは間違いない。