剣の舞に隠された誕生秘話と超絶技巧の真実を専門家が徹底解説

剣の舞に隠された誕生秘話と超絶技巧の真実を専門家が徹底解説

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『剣の舞(Sabre Dance)』は、アルメニア系ソ連の作曲家アラム・ハチャトゥリアン(1903〜1978)が作曲したバレエ音楽『ガイーヌ(Gayane)』の最終幕で演奏される楽曲です。今日では彼の代名詞とも言える作品ですが、その誕生プロセスは芸術的な閃きというよりも、極限のプレッシャー下で強いられた過酷な業務命令に近いものでした。

初演の準備が進んでいた1942年12月、第二次世界大戦(大祖国戦争)の戦火を避けるため、名門キーロフ劇場(現マリインスキー劇場)のバレエ団はウラル地方の都市ペルミに疎開していました。暖房も不十分な極寒のホテルで、ハチャトゥリアンは全4幕に及ぶ大作『ガイーヌ』のスコアをようやく完成させ、翌日の最終ゲネプロ(総通し稽古)を待つばかりとなっていました。

ところがその前夜、劇場監督と振付師から「最終幕のクライマックスに向けて、クルド族の男たちが剣を手にして勇壮に戦う熱狂的な民族舞踊がもう1曲どうしても足りない」という突如の追加発注が突きつけられます。すでに心身ともに限界を迎えていたハチャトゥリアンは激怒し、一度は頑なに拒否したと自著や当時の関係者の証言で伝えられています。

しかし、舞台の成功のために妥協を許さない劇場の熱意に抗えず、ハチャトゥリアンは夜の8時に自室のピアノに向かいました。猛烈なスピードで五線譜を埋め尽くし、オーケストレーションまでを一気に完了させたのは翌朝の午前7時。所要時間はわずか11時間でした。後年、ハチャトゥリアンは当時の手記において「私の最も奔放で有名な子供(作品)が、これほど不機嫌で苛立った一夜から生まれようとは夢にも思わなかった」と述懐しています。

林 結菜
著者

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。