日航機事故「生存者殺害」の噂はなぜ広まった?陰謀論の真相を徹底検証

日航機事故「生存者殺害」の噂はなぜ広まった?陰謀論の真相を徹底検証

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「生存者が殺された」という陰謀論が説得力を持って語られてしまう根本的な原因は、なぜ自衛隊や警察の初動がこれほど遅れたのかという点に集約されます。この「空白の16時間」には、当時の日本の災害即応体制が抱えていた致命的な弱点が存在していました。

墜落当夜、現場の位置情報は混迷を極めました。19時15分頃に航空自衛隊の戦闘機が黒煙を確認したものの、群馬・長野・埼玉・山梨の県境が複雑に入り組んだ山岳地帯であったため、長野県側の「御座山(おぐらさん)」付近に墜落したという誤報がメディアと捜索本部に流布しました。この誤った情報により、地上部隊の捜索拠点が西側に大きく狂わされたのです。

さらに疑惑を深めたのが、米軍の救助活動辞退に関する経緯です。当時、横田基地所属の米空軍C-130輸送機に搭乗していたマイケル・アントヌッチ元中尉の証言によれば、米軍ヘリは墜落から約2時間後に現場上空に到達し、発煙筒を投下して現場位置を特定。救援要請があれば即座に隊員をラペリング降下させる準備を整えていましたが、日本側の要請により引き返したとされています。

この事実が後に公表されたことで、「生存者の証言を恐れた日本政府が米軍の介入を拒否したのではないか」という憶測を呼びました。しかし、真相は極めて官僚的な指揮系統の摩擦でした。夜間の山岳地帯における二次災害を極度に警戒したこと、そして自国の領土内での大惨事において米軍の主導を許すことに対する防衛庁上層部の躊躇や連絡調整の不備が、致命的な初動の遅れを引き起こしたのです。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。