「あんたのバラード」なぜ昭和を震撼させた?世良公則の軌跡と真価

「あんたのバラード」なぜ昭和を震撼させた?世良公則の軌跡と真価

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「あんたのバラード」が世に出た1977年当時、ロックはまだ一部の若者がライブハウスやアングラで熱狂するサブカルチャーに過ぎませんでした。テレビの歌謡番組を支配していたのは、職業作曲家と作詞家が手がける洗練された歌謡曲やニューミュージック系のフォークでした。その強固な壁を正面から打ち破ったのが、世良公則&ツイストによるこの劇的なバラードです。

本作の誕生の舞台は、世良公則が在籍していた大阪芸術大学放送学科時代の下宿先でした。当時の世良は、前身となるバンドの解散危機や将来への焦燥感に苛まれ、冬の冷え込むアパートの部屋で一人、こたつに入りながらアコースティックギターを抱えていました。自著や当時の回想インタビューによると、胸の奥底に溜まったやるせなさと激情が一気に溢れ出し、わずか30分から1時間足らずの短時間でメロディと歌詞がほぼ完成したと語られています。技巧を凝らした商業音楽とは対極にある、むき出しの人間感情から絞り出された楽曲だったのです。

この楽曲を引っ提げて挑んだ1977年10月の第14回ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)において、ツイストは見事にグランプリを受賞しました。その勢いは国内にとどまらず、直後の同年11月に開催された第8回世界歌謡祭グランプリまでも制覇するという、前代未聞の快挙を成し遂げます。アマチュアバンドがポプコンと世界歌謡祭の頂点を瞬く間に駆け上がり、同年11月25日のレコードデビューへと直結したシンデレラストーリーは、昭和の音楽シーンに走った最大の激震でした。

中川 明日香
著者

中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。