ひもかわうどんの最大の特徴である「極端な幅広さ」は、単なる現代の奇抜なアイデアではありません。そのルーツを辿ると、江戸時代の東海道中膝栗毛などにも登場する三河国(現在の愛知県刈谷市近郊)の名物「芋川(いもかわ)うどん」に行き着きます。これが江戸時代から明治期にかけて、織物産業の交流とともに上州(群馬県)へ伝播し、「いもかわ」が訛って「ひもかわ」へと転じたというのが定説です。
さらに深く掘り下げるべきは、なぜ他の地域ではなく桐生市が発祥の舞台となったのかという産業構造の必然性です。桐生市は古くから「西の西陣、東の桐生」と称された日本屈指の織物産地でした。明治から昭和にかけて、桐生の町には無数の機織り工場が立ち並び、多くの女性工員や職人が昼夜を問わず機を織っていました。
工場の稼働中、昼食に割ける時間はごくわずかです。そこで求められたのが、「極限まで薄く延ばすことで茹で時間を劇的に短縮し、かつ幅を広げることで1本あたりの食べ応えと腹持ちを両立させる」という合理的な工夫でした。桐生市織物記念館の展示資料や地元古老の手記にも「手早く仕込めて、冷え込む冬の工場で体を芯から温める知恵だった」と記されています。冬の赤城おろしによる寒風と乾燥した気候、そして良質な小麦と水に恵まれた上州の粉食文化が、この機能美とも言える超幅広麺を育んだのです。